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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6354号 判決 1969年6月06日

原告

中田むつ

ほか二名

被告

江波戸一彦

主文

被告は、原告中田むつに対し金一、七六九、四四四円および内金一、六三九、四四四円に対する昭和四一年三月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員、原告中田忠次、同中田とせに対し各八六九、七二二円および各内金八一九、七二二円に対する昭和四一年三月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告らの被告に対するその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを三分しその二を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は原告中田むつに対し五、六二五、六七八円、同中田忠次、同中田とせ(以下それぞれむつ、忠次、とせという)に対しそれぞれ二、八一二、八三九円および原告むつに対し右金員の内金五、三〇七、二四四円に対し、同忠次、同とせに対し右金員の内金二、六五三、六二二円に対する昭和四一年三月三〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

訴外中田和吉(以下和吉という)は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四一年三月三〇日午前二時頃

(二)  発生地 千葉県東金市道庭六三二番地の一先道路上

(三)  加害車 普通乗用車(以下被告車という)

運転者 被告

(四)  被害者 訴外和吉(歩行中)

(五)  態様 訴外和吉が歩行中被告車に衝突された。

(六)  被害者訴外和吉は左下腿開放性骨折、頭蓋内出血等の傷害を受け右同日千葉県病院にて死亡した。

二、(責任原因)

被告は、次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

三、(損害)

(一)  被害者に生じた損害

(1) 訴外和吉が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり九、六一四、四八九円と算定される。

(死亡時)三七歳

(稼働可能年数)二六年

(収益)死亡時川崎製鉄株式会社千葉工場に勤務し、一ケ月平均少くとも六三、九〇〇円の収入を有していた。

(控除すべき生活費)一ケ月平均一五、〇〇〇円。総理府統計局による昭和四一年三月の家計調査報告によれば千葉市における一世帯当り消費支出総額は六七、六一二円で世帯人員数四・四七人であるから一人当り一五、一二六円である。東金市は千葉市より人口も少くかつ和吉は実家より米、野菜の援助を受けていたので、生活費は一ケ月一五、〇〇〇円を超えることはない。

(毎年の純利益)五八六、八〇〇円

(年五分の中間利息控除)五年目毎に中間利息をホフマン式により控除する。

(2) 原告らは右訴外人の相続人の全部である。よつて、原告むつはその生存配偶者として、原告忠次、同とせは、いずれも親として、それぞれ相続分に応じ右訴外人の賠償請求権を相続した。その額は、原告むつにおいて四、八〇七、二四四円原告忠次において二、四〇三、六二二円原告とせにおいて二、四〇三、六二二円である。

(二)  原告らの慰藉料

その精神的損害を慰藉するためには、原告むつに対し一〇〇万円、原告忠次に対し五〇万円、原告とせに対し五〇万円が相当である。

(三)  損害の填補

原告らは強制保険金から既に一〇〇万円の支払いを受け、これを相続分に応じ右損害額に充当した。

(四)  弁護士費用

以上により、原告らは合計一〇、六一四、四八九円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、勝訴判決を得た場合東京三会弁護士会所定の報酬の最低の報酬を支払うことを約した。従つて成功報酬は規定の割合を乗じ算定すると六三六、八六九円となる。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告むつは五、六二五、六七八円、同忠次、同とせはそれぞれ二、八一二、八三九円および原告むつに対し右金員の内金五、三〇七、二四四円につき、同忠次、同とせに対しそれぞれ右金員の内金二、六五三、六二二円に対する死亡の日である昭和四一年三月三〇日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項はすべて認める。

第二項中(一)は認める。

第三項中(一)(1)は不知。(一)(2)中原告むつの身分関係は認め、その余は不知。(二)は不知。(三)は認める。(四)は不知。

二、(事故態様に関する主張)

本件事故は午前二時頃東金市より千葉市に行く街道で昼間でさえ歩行者の通行は至つて少い場所で、被告が制限速度内にて被告車を運転して来た際、訴外和吉が突然その自動車に飛び込んだものである。恐らく泥酔していたので自動車に乗せて貰うため自動車を身をもつて止めようとしたものである。

三、(抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて、被告には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者訴外和吉の過失によるものである。

(二)  過失相殺

かりに然らずとするも事故発生については被害者訴外和吉の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(三)  示談成立

原告らと被告との間には、保険金一〇〇万円と被告よりの一〇万円の合計一一〇万円で示談が成立しているから、本件請求は失当である。

右示談契約に基づき被告は保険金一、〇〇七、二一二円を原告に提供し、被告自身一〇万円を原告らに支払つた。

第五、抗弁事実に対する原告らの認否

示談成立の主張は否認する。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、請求原因第一項、第二項(一)の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告は、免責、示談の抗弁が認められない限り自賠法第三条により原告らの損害を賠償すべき義務がある。〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

(イ)  本件事故現場は成東方面から千葉市方面に向う幅員約七・一米の歩車道の区別のない舗装道路と幅員約三・六米の道路の直角に交差する交差点付近で、右交差点は信号機の設置はない。交差点の入口に横断歩道の標識が設置されていたが、横断歩道の道路標示はなかつた。夜間は、人通りは少なく、街灯の照明もないので暗い。

(ロ)  被告は被告車を運転し時速約五五粁で千葉市方面に向けて進行中、事故地点より約二〇〇米手前で対向車とすれ違つたが、このライトで眩惑され前方注視が困難になつたが、そのまゝの速度で進行し、事故地点の約一〇米手前の地点で訴外和吉が手を広げ道路中央に向つて歩いて来るのを発見し急ブレーキをかけたが及ばず被告車左前部を和吉に衝突させた。

(ハ)  右和吉は昭和四一年三月二九日晩千葉市内で同僚の送別会を行い、東金市内でさらに友達と飲酒した後成東町までタクシーで行つたが代金がなかつたので腕時計をあずけ、本件道路左側を酩酊のまゝ歩いて帰る途中事故現場に至り、被告車の約一〇米直前を、手を広げて被告車を止めるような姿勢で道路中央部に横断を始めたが、道路の左端から約一・八五米の地点で被告車に衝突された。

右認定事実によれば被告には対向車のライトに眩惑された場合、視力が回復するまで運転を中止すべき注意義務があるに拘らずそのまゝ運転を続け訴外和吉の発見を遅れた過失があることが明らかである。従つて、被告の免責の主張は採用の限りではない。しかし一方、右事実によると、訴外和吉にも、酩酊のうえ被告車の直前を横断した過失が認められ、和吉と被告の過失の割合は概ね五対五とみるを相当とする。

二、次いで示談の抗弁について判断する。右主張に副う甲第六三、第一〇号証の記載の部分、被告本人(第二回)の供述は後掲各証拠に照らし措信し難く、かえつて、〔証拠略〕によれば、中田忠雄は和吉の葬式のときに被告より葬式費用を支払いたいと申出られ、その後昭和四一年五月中旬頃千葉駅ビル内で中田忠雄と被告が葬式費用の明細につき話し合い、被告は同年六月一〇日葬式費として一〇〇、〇〇〇円原告方に持参したものであり、これにより原告らの損害賠償請求権につきすべて示談で解決したものではないことが認められる。

三、(一) 〔証拠略〕によれば、訴外和吉は事故当時まで一三年位川崎製鉄株式会社に勤務し、事故当時三七才五ケ月で、昭和四〇年の給与は七六七、〇〇一円であり同社の停年は五五才であり、和吉は停年まで勤務することが予想されたことが認められ、経験則上同人の生活費は右収入の四割程度とみるのが相当である。従つて、同人の一年の純利益は四六〇、二〇〇円となり、五五才に達するまで一七年余(計算の便宜上一七年とする)につき、ホフマン複式により年五分の割合による中間利息を控除すれば、五、五五七、七七八円となる。そして前認定の和吉の過失を斟酌すれば、二、七七八、八八九円となる。

原告むつが和吉の妻であつたこと当事者間に争いがなく、原告忠次、同とせが和吉の父、母であつたことは被告が明らかに争わないから自白したものとみなすべく、従つて右原告らが法定の相続分に従つて右金員を相続したものと認められる。そこで、原告むつの損害額は一、三八九、四四四円、原告忠次、同とせの各損害額は六九四、七二二円となる。

(二) 原告らは和吉の死亡により妻、両親として精神的苦痛を受けたことは明らかであり、本件事故の態様、被告、和吉の過失の割合等すべての事情を考慮し、原告むつの受くべき慰藉料は七五〇、〇〇〇円が相当であり、原告忠次、同とせの受くべき慰藉料は各三七五、〇〇〇円が相当である。

(三) 原告らが自賠責保険金より合計一、〇〇〇、〇〇〇円を各法定相続分に応じ受領したこと当事者間に争いがないのでこれを右(一)(二)の各原告の合計額から控除すれば原告むつの損害額は一、六三九、四四四円、原告忠次、同とせの損害額はいずれも八一九、七二二円となる。

(四) 原告らは本訴提起を原告ら訴訟代理人に委任したこと記録上明らかであり、その弁護士費用のうち被告に賠償を求めることができるのは原告むつにおいて、一三〇、〇〇〇円、同忠次、同とせにおいて各五〇、〇〇〇円が相当である。

四、よつて被告は、原告むつに対し右(三)(四)の合計額一、七六九、四四四円、原告忠次、同とせに対し各右(三)(四)の合計額八六九、七二二円および前者につき内金一、六三九、四四四円に対し、後者につき各内金八一九、七二二円に対する和吉死亡の日である昭和四一年三月三〇日以降いずれも完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井真治)

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